
目次
- 浅草寺の概要と歴史
- 浅草寺の全体図(鳥瞰図)
- 浅草寺の江戸時代地図
- 浅草寺の地形
- 浅草寺の見どころ(紅葉)
- 浅草寺の御朱印
- 浅草寺へのアクセス
浅草寺の歴史
浅草には昔の東京の雰囲気が残っており、歴史ある浅草寺の近くの仲見世通り沿いに、伝統的な手工芸品や食べものの屋台があり、浅草寺の門前町として繁華街および観光地となっています。
浅草寺は、東京都内最古の寺です。山号は金龍山。本尊は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)。
元は天台宗に属していたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となりました。観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」あるいは「浅草の観音様」と通称され、広く親しまれています。
東京都内では、唯一の坂東三十三箇所観音霊場の札所(13番)です。江戸三十三箇所観音霊場の札所(1番)でもあります。
浅草寺の歴史は、1400年も前にさかのぼります。東京都内最古の寺院です。その始まりは飛鳥時代、推古天皇の時代に遡ります。
地元の漁師、檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟が宮戸川(現在の隅田川)で漁していたところ一躰の仏像を発見。
何度川に戻しても網にかかることから地元の有力者土師中知(はじのなかとも)の元へ届けると、その仏像が聖観世音菩薩の尊像であることが判明しました。
この観音像を祀ってつくられたお堂が浅草寺の起源とされています。
何度も震災や火災で損失を経験しますが、その度に修復しながら現在までその姿を残しています。
現在の浅草寺は東京大空襲の被害を受けたあと、1951年の再建によって復活したものです。
全国有数の観光地であるため、正月の初詣では毎年多数の参拝客が訪れ、参拝客数は常に全国トップ10に収まっています。
浅草寺の全体図(鳥瞰図)
3D衛星画像(クリックで拡大)
Googleマップ(3D回転)
浅草寺の江戸時代地図

今と大きく変わっていませんね。
浅草寺の地形

もちろん低地帯。
浅草寺の見どころ

お決まりの写真から。

雷門。雷門は天慶5年(942年)に平公雅によって創建され、後に現在の場所に再建されました。

巨大な赤ちょうちんは、高さ3.9メートル、幅3.3メートル、重量はおよそ700キログラム。

仲見世。江戸の頃、浅草寺の参拝客も増加して浅草寺境内の掃除の賦役であった近隣の人々に、境内や参道上に出店しても良いと幕府から営業の許可が与えられました。

仲見世と桜。

宝蔵門。平公雅が天慶5年(942)に武蔵守に補任され、その祈願成就の御礼として仁王門を建立したのが創建らしいです。

大わらじ。わらじは仁王さまの力を表し、「この様な大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか」と驚いて魔が去っていくといわれているそうです。

本堂。

本堂の創建は、檜前浜成・竹成の兄弟が仏像を発見、祀ったことろが本堂の起源ですね。

本堂

本堂

本堂天井。「天人之図」川端龍子画・「龍之図」堂本印象(どうもといんしょう)画

五重塔。昭和48年(1973)に再建された、鉄骨・鉄筋コンクリート造りの塔。

相輪と桜。

二天門。慶安2年(1649)に浅草寺の東門として創建。境内に残る江戸時代初期の古建築として国の重要文化財。

二天門から本堂。

二天門 手水鉢。

持国天。持国天と増長天は、四天王に数えられる仏様。

増長天。どちらも「寄木造(よせぎづくり)」という、鎌倉時代以降に流行した複数の木材を組み合わせる技術で造られているそうです。

薬師堂付近の桜。

影向堂。浅草寺中興開山慈覚大師円仁さまのご生誕1200年を記念して建立されました。

桜と石橋。元和4年(1618)に架設された。都内最古の橋。

影向堂と桜。

なんと小川が流れている!

阿弥陀如来。

桜と石橋と小川とお堂。THE日本。

薬師堂。

桜と五重塔。

弁天堂。

鐘楼。鐘は元禄5年(1692)に五代将軍徳川綱吉の命により改鋳され、江戸の市中に時を告げていた鐘のひとつ。

朱が映える。
浅草寺の御朱印

浅草寺へのアクセス
<所在地>
東京都台東区浅草2-3-1
<交 通>
東武スカイツリーライン:浅草駅より徒歩5分
東京メトロ銀座線:浅草駅より徒歩5分
つくばエクスプレス:浅草駅より徒歩5分
都営地下鉄浅草線:浅草駅A4出口より徒歩5分
<入園料> なし
<駐車場> なし