江ノ島は湘南を代表する景勝地であり、古くから観光名所となっています。神奈川県指定史跡・名勝、日本百景の地でもあります。
交通機関の駅名などでは江ノ島と表記することも多いですが、住居表示・公文書等で使われる公称地名は「江の島」と表記しています。
古くは江島神社(日本三大弁天の一つ)に代表されるように「江島」と表記されていたこともあります。
音楽の神とされる弁財天の像を祀った江島神社があり、江の島アイランドスパ(えのすぱ)や、19 世紀のイギリス式庭園サムエル コッキング苑、江の島シーキャンドル(展望灯台)もあります。
岩屋の手前には潮だまりがあり、洞窟は仏像が安置されています。本土側には人気のビーチがあり、島を一望できます。
目次
- 江ノ島の全体図(鳥瞰図)
- 江ノ島の歴史
- 江ノ島の地形
- 江ノ島の見どころ
- 江ノ島からのパノラマと見える山々
- 江ノ島神社の御朱印
- 江ノ島へのアクセス
江ノ島の全体図(鳥瞰図)
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江ノ島の歴史
海面下にあった江ノ島は今からおよそ2万年前、沈降運動により片瀬側と離れノ島の原型となったと言われています。
島内にある江島神社の起源は522年、欽明天皇の勅命で岩屋(御窟おんいわや)に神様を祀ったのがはじまりであると伝えられています。
やがて、仏教と混じりあって「江島弁財天」となり、江戸時代には江の島詣りを取り入れた観光旅行が庶民のあいだでブームになります。
歴代の徳川将軍が江戸の防火を祈念したほか、芸能や商売の神として多くの人が訪れました。
江の島大橋が架かる前、干潮時は徒歩で、満潮時は舟で島に渡っていたといいます。潮が引くと、浜と島をつなぐ細長い「砂の道」が現れて陸続きになるためです。
しかし、関東大震災を機に、潮の満ち干にかかわらず「砂の道」が浜と島をつなぐようになりました。この地形は、海岸近くに島があるとできやすく、トンボロ(陸繋砂州)と呼ばれます。
島があると、島の裏側へ回り込むような潮の流れができますが、その潮流によって浜辺の砂が島の裏側にたまってできた地形です。江の島のように、トンボロによって陸とつながった島を陸繋島(りくけいとう)といいます。