浅草見附《外濠をめぐる:第36回》

【浅草見附跡】

「外濠をめぐる」は江戸城外濠の15kmを「の」の字に沿って「日本橋川」の上流部から隅田川までを巡るご案内サイトです。全38箇所あります。

下記記事が「外濠をめぐる」のトップページで外濠の全38箇所の一覧と外濠の概要についてご説明しています。

外濠の38箇所一覧はこちら

第36回は外濠の門である「浅草見附跡」を巡ります。

赤い太線に沿った部分が外濠になります。「日本橋川」の上流部から「の」の字を描くように隅田川に繋がっているイメージです。

外濠の起点を便宜上「日本橋川」の上流部とさせて頂きました。

浅草見附跡はどこ?(3行でわかる浅草見附)

  • 場所:台東区浅草橋一丁目と中央区日本橋馬喰町の境、神田川に架かる浅草橋のたもと。
  • いま:門の跡は残っておらず、浅草橋のたもとに「浅草見附跡」の碑がある。
  • 歴史:寛永13年(1636)に福井藩主・松平忠昌が築いた枡形門。奥州街道・日光街道につながる要所で、町人が多く通った。

動画で見る浅草見附(1分36秒):いまの地図と江戸切絵図 → 上空・地上から見た門跡 → 明治4年の古写真 → AIでよみがえる浅草門 → もし今もあったら

▶ 外濠18門を一気に見る総集編(27分)はこちら。※AIによる復元映像は、古写真や切絵図をもとにした想像図です。

江戸時代の浅草見附(明治4年の古写真をもとにAIで復元した想像図)

▶ 江戸城の36の門をまとめて見る:江戸城三十六見附 一覧(場所・いまの姿・AI復元)

外濠の全体図

浅草見附は赤ピン19の地点です。

江戸城内濠(内郭)と外濠(外郭)の全体説明や門の一覧・濠の一覧はこちらで説明しています。

江戸城内濠と外濠の全体像のご案内はこちら。

浅草見附の概要

浅草橋門は寛永13年(1636)越前国福井藩主の松平忠昌が、元初音森神社の跡地に枡形門を築きました。

見附門の橋は浅草寺正面にあるので浅草橋門、または浅草口とも呼ばれた。浅草橋門は奥州街道・日光街道につながる重要拠点でした。この門を利用するのは、町人が主体でした。

江戸の三大大火の一つ、明暦3年(1657)の「明暦の大火」で、囚人の逃走をふせぐために門をしめ切ったため、多くの江戸市民が犠牲になったと言われています。

浅草見附の位置

 

浅草見附の江戸期の「地図」と「写真」

参照地図データ:「大江戸今昔めぐり」より
 

もうすぐそばが隅田川です。

参照地図データ:「大江戸今昔めぐり」より
 

 

出典:国立国会図書館・江戸見附写真帖】

江戸期の浅草見附の写真(江戸見附写真帖)

左:現在の地図 右:江戸切絵図「日本橋北神田浜町絵図」(出典:国立国会図書館デジタルコレクション) 地図データ ©2026 Google

現代の地図と江戸切絵図を並べると、浅草見附のあった場所がよくわかります。

左:横山松三郎撮影『旧江戸城写真帖』(重要文化財)「浅草見附」出典:ColBase(東京国立博物館) 右:古写真をもとにAIで復元した想像図

明治4年(1871)に撮られた古写真をもとに、AIで江戸時代の姿をよみがえらせました(想像図)。

浅草見附の地形

 

浅草見附の3D衛星画像・浅草見附が現代にあったら

中心の赤ピンアイコンの所が浅草見附跡

浅草見附跡付近の3D画像

もし浅草門が今もあったら(想像図)。Google Maps 3D をもとに加工 地図データ ©2026 Google

もし浅草門が今もあったら(想像図)。現代の街を白黒に沈めて、色付きの浅草門を浮かび上がらせています。(あくまで想像ですので細かい点はお許しください)

浅草見附の見どころ

浅草見附の見どころマップ

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星ピン:浅草見附跡
赤ピン1:浅草見附の碑
赤ピン2:浅草橋

浅草橋。

けっこう広い通り。

神田川に架かる浅草橋。

神田川左岸の浅草橋公園

公園内に浅草見附跡の石碑がある。実際に門があったのは神田川右岸。

浅草橋案内板

浅草橋から神田川上流方面

左衛門橋

神田川のクルーズ船。東京湾巡りでしょう。

浅草橋から隅田川方面。

神田川に並ぶ屋形船。

神田川最後の橋、柳橋。隅田川はもうそこです。

浅草見附もその名残らしきものがありませんでしたね。

浅草見附跡へのアクセス

  • 住所の目安:東京都台東区浅草橋一丁目/中央区日本橋馬喰町付近(浅草橋のたもと)
  • 最寄り駅:JR・都営浅草線「浅草橋」駅
  • 見られるもの:「浅草見附跡」の碑、浅草橋
  • あわせて歩く:筋違見附跡、柳橋、隅田川

浅草見附のよくある質問

浅草見附はどこにあった?

台東区浅草橋一丁目と中央区日本橋馬喰町の境、神田川に架かる浅草橋のたもと。江戸の切絵図と現代の地図を並べると、門のあった場所がよくわかります。

浅草見附は今も残っている?

門の跡は残っておらず、浅草橋のたもとに「浅草見附跡」の碑がある。

浅草見附で起きた悲劇とは?

明暦3年(1657)の明暦の大火のとき、囚人の逃走を防ぐために門を閉め切ったため、逃げ場を失った多くの江戸市民が犠牲になったと伝えられています。

神田川3(浅草見附〜隅田川)へ

神田川3(浅草見附〜隅田川)


 

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