東京と近郊の自然・花・公園・庭園・寺社仏閣・お屋敷・絶景・穴場スポットなどをご紹介します。歴史や地形などの視点も絡めています。

虎ノ門《外濠をめぐる:第20回》

虎ノ門跡
【虎ノ門跡】

「外濠をめぐる」は江戸城外濠の15kmを「の」の字に沿って「日本橋川」の上流部から隅田川までを巡るご案内サイトです。全38箇所あります。

下記記事が「外濠をめぐる」のトップページで外濠の全38箇所の一覧と外濠の概要についてご説明しています。

第20回は外濠の門である「虎ノ門」を巡ります。

外濠の範囲

赤い太線に沿った部分が外濠になります。「日本橋川」の上流部から「の」の字を描くように隅田川に繋がっているイメージです。

外濠の起点を便宜上「日本橋川」の上流部とさせて頂きました。

外濠の全体図

江戸城外濠

虎ノ門は赤ピン11の地点です。

江戸城内濠(内郭)と外濠(外郭)の全体説明や門の一覧・濠の一覧はこちらで説明しています。

江戸城内濠と外濠の全体像のご案内はこちら。

江戸城内濠と外濠の一覧

江戸城内濠と外濠は明治政府による都市化・関東大震災・太平洋戦争の空襲・戦災の瓦礫処理という様々な災難に見舞われて多くの門や濠を失いました。 江戸の街づくりは驚くほどの時間をかけて築いたものでした。東京 ...

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虎ノ門の概要

虎ノ門は寛永13年(1636)、佐賀藩・鍋島勝茂によって完成しました。虎ノ門の湯由来は諸説あるようです。

1. 方位を表す四神思想(青龍・白虎・朱雀・玄武)に基づき、 江戸城の右白虎の方角に位置するため「虎ノ門」になった説
2. 「千里行くも無事千里を帰る」と言われる虎にちなんだという説
3. 朝鮮より虎を連れてきた際に巨大な檻を入れるため門柱を広げたからという説
4. 門内の内藤家屋敷に「虎の尾」という桜の木があり「虎の尾門」 からという説
出典:新虎通りエリアマネジメント

門は1873(明治6)年に撤去されました。その門跡の痕跡はまったくありませんが虎ノ門周辺には外濠の石垣などの見どころがたくさんあります。

虎ノ門の位置

虎ノ門 位置

虎ノ門の江戸期の「地図」と「写真」

参照地図データ:「大江戸今昔めぐり」より
 

江戸期の地図。濠が南西に向かい溜池につながっていた。

参照地図データ:「大江戸今昔めぐり」より
 

桜田通りのど真ん中に門はあった。

出典:国立国会図書館・江戸見附写真帖

江戸期の虎ノ門の写真(江戸見附写真帖)。溜池からの水が流れている。

虎ノ門の地形

地形

虎ノ門の3D衛星画像・虎ノ門が現代にあったら

中心の赤ピンアイコンの所が虎ノ門跡

虎ノ門の3D衛星画像

虎ノ門・現代イメージ。3D画像に枡形門を重ねてみる。現代にあったらこんな感じだったでしょう。(あくまで想像ですので細かい点はお許しください)

虎ノ門の見どころ

虎ノ門の見どころマップ

星ピン:虎ノ門跡(この辺りが門跡と思われる。痕跡は全くありません。)
赤ピン1:虎ノ門記念碑

虎ノ門

桜田通りの「霞ヶ関三丁目」交差点。

虎ノ門

この辺りに門があったと思われる。

虎ノ門

今ではその痕跡を探すことはできない。ここまで濠も門も跡形がないと寂しいですね。虎ノ門という地名だけが生きている。

虎ノ門

周りは官庁街です。

虎ノ門

霞ヶ関の案内板

虎ノ門

 

虎ノ門

 

虎ノ門

今の虎ノ門に濠があったと言っても誰も信じれくれなそうですね。

虎ノ門

虎ノ門記念碑

虎ノ門

地下鉄出入り口の裏のひっそり記念碑がある。

虎ノ門

かわいい顔をしている。

虎ノ門跡もその痕跡が全くありませんが、周辺には石垣などの見どころがありませす。それは次の記事で。

赤坂見附に向かいます。

溜池(虎ノ門〜赤坂見附)

溜池(虎ノ門〜赤坂見附)

溜池(虎ノ門〜赤坂見附)《外濠をめぐる:第21回》

「外濠をめぐる」は江戸城外濠の15kmを「の」の字に沿って「日本橋川」の上流部から隅田川までを巡るご案内サイトです。全38箇所あります。 下記記事が「外濠をめぐる」のトップページで外濠の全38箇所の一 ...

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